2010年05月15日

ポートアイランド 街開き30周年 住民パワーゼロから文化築く(産経新聞)

 ミナト・神戸の海に広がる「ポートアイランド」(神戸市中央区)が、街開きから30年を迎えた。六甲山系の開発に伴う土砂を利用して埋め立てる「株式会社・神戸市」の象徴となった職住近接の人工島は、人間でいえば働き盛りにさしかかり、変貎(へんぼう)をとげる一方、高齢化などの問題も生まれている。その陰で、住民たちは今も“島の伝統”を紡ぎ続けている。(木ノ下めぐみ)

 市中心部の三宮からわずか約2キロの「ポーアイ」は、「住む・働く・憩う・学ぶ」を一体化させた人工島というコンセプトで、昭和55年3月に第1期部分(443ヘクタール)が街開き。初めて島民として移り住んだのは約300世帯だった。街開きとともに入居した中辻恵造さん(61)は「三宮へ出るにもバスが1時間に数本で、食料品は行商頼み。ゼロからのスタートでした」と振り返る。

 翌56年、地方博の先駆けとなる「ポートピア’81」の開催に向け、島と三宮を結ぶポートライナーが開通して以降、利便性は飛躍的に向上した。同博覧会には延べ1600万人以上が来場。島の人口は、平成2年には約1万7千人に到達し、島内の市立港島小は児童数1700人超と全国有数のマンモス校となった。

 中辻さんの長男は同校の1期生。長女も島が完成した年に誕生し、まさに“島の子”だった。「子供のために誇れるふるさとをつくりたいという思いは、住民共通だった」と話す。

 歴史も伝統もないまっさらな街で、住民はゼロから自分たちの文化を創造した。その象徴が「港島太鼓」。同校の児童と教諭が56年に始めた和太鼓曲は、今も受け継がれている。

 一方、時とともに島を取り巻く環境は大きく変わった。平成8年には2期部分(390ヘクタール)の分譲が始まったが、前年に阪神大震災が起き、企業が次々と島から撤退。オフィス街の入居企業は、昭和63年の41社から現在は29社に減った。

 居住者も約1万5千人に減り、うち21%が65歳以上の高齢者。港島小の児童数は600人を切った。島に10年以上住んでいた女性(38)は「子供のころは街のエネルギーを感じたが、街全体が寂しくなったように感じる」と話す。

 だが今、島内には若者の姿が目立つ。平成18〜19年の間に4つの大学が進出。地元のイベントに参加する学生も増えている。「いろんな連携を考えたい。30年と言わず、40年、50年と歴史を重ねていきますよ」と中辻さん。島の歴史は、住民自身の手による草の根パワーでつづられていく。

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2010年05月01日

【水俣病 第2の政治決着】(上)揺れる患者の思い 生きているうちに救済を(産経新聞)

 「おやじ、やっとここまで来たよ」

 鏡のように穏やかな熊本・不知火海を見下ろす父の墓前に水俣病被害者らで作る芦北の会会長、村上喜治さん(60)は特別措置法に基づく未認定患者の救済が5月1日に始まることを報告した。

 20年前に亡くなった父親の源作さん=当時(70)=は病室で「腹割ってもらえば、(水俣病)患者と分かるたいに」と言い残したという。源作さんは水俣病特有の手や足先のまひ、歩行障害などを訴えていたが公害健康被害補償法に(公健法)による患者認定申請の結果は「保留」。患者として救済されたのは死後5年後、約1万人が対象となった平成7年の「政治決着」だった。

 「おやじのように死んでから救済されても何もならんとですよ」

 この時、支払われた一時金で建てたのが源作さんが愛した不知火海を一望できる墓だった。

                 ■   ■

 父と同じ漁師の道を継いだ村上さん自身も「おやじよりうすい(症状が軽い)」が中学時代からすぐにバランスを崩し骨を何度も折った。たぐったはずのロープがいつの間にか手からすりぬける。13年前に海に出るのを断念した。患者認定申請は3度行ったが認められなかった。7年の政治決着でも、右脚の感覚があるとみなされ、基準である「四肢(両手両足)末梢(まっしょう)神経の感覚障害」にあてはまらないとされた。

 この政治決着に応じず残っていた関西訴訟の最高裁判決で、より広い患者認定の基準が認められた3カ月後の17年1月に会を結成。

 会員は約300人。平均年齢は70歳になり、すでに8人が死亡した。「生きているうちに救済してほしい」という思いに駆られ、県や地元選出の国会議員に働きかけた。

                 ■   ■

 国と県、加害企業チッソを相手取り、司法救済にこだわってきた「水俣病不知火患者会」(約2900人)もこの3月、熊本地裁で和解の基本合意が成立。患者会副会長、桑鶴親次さん(62)は和解に踏み切った理由について「特措法が昨年7月に成立し、このままでは行政主導で救済内容が決まってしまう。第三者の裁判所のもとで救済されたかった」と行政への不信感をあらわにした。

 患者会の会員の高齢化が進んでいるという事情もある。桑鶴さんは「今回は一応の到達点。後はどれだけの人が救われるかだ」と語る。訴訟派と法による救済を望む行政派。割れていた患者もようやくその歩みを同じくさせ始めた。

 一方、「住民の健康調査も行われず、何の救済にもなっていない」とあくまで裁判闘争を続ける「水俣病被害者互助会」(原告9人)もある。第2水俣病とされる新潟の患者らの訴訟は和解に向けた事前協議が続いている。

 「不満は消えないし、手を挙げられない人も残る。全面解決はたやすいことではないがなんとか終わらせていかなければ。会としても活動を続けていく」 

 村上さんは決意を新たにする。

                   ◇

 村山内閣時代の「第1の政治決着」以来、3万人以上の大規模な未認定患者の救済実現見通しになった水俣病。公式確認から54年となる5月1日、救済の申請が始まる。患者らの軌跡と水俣病が抱える課題を追う。(杉浦美香)

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2010年04月20日

京急線生麦駅の変電施設から煙、1600人が線路上を歩き避難(産経新聞)

 17日午後2時20分ごろ、横浜市鶴見区の京浜急行生麦駅に隣接する同社変電施設の信号用変圧器から煙が出ているのを作業員が見つけ、119番通報した。消防隊員が放水し午後3時15分ごろ、煙はおさまったが、信号などに送電できなくなった。このため、京急線は横浜−京急川崎間で午後2時55分ごろから運転を見合わせ、約3時間後の午後5時55分ごろ再開した。

 この影響で、駅間に停車した電車3本の乗客約1600人が線路上を歩いて最寄り駅まで避難するなどした。けが人はなかった。

 京急によると、変電施設で焼けたのは変圧器だけで、ほかに被害はなかった。京急と鶴見署が出火原因を調べている。

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